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Pitaが亡くなったこと

とは言いつつ、詳しいわけでも親交があったわけでもなんでもないただの1ファンでしかないんだけれど。


実際に会ったことが一回ある程度で、たしか10何年か前にフェノバーグで広島に来た時に、セカンドの『get out』のmoikaiからのライセンス盤LP持っていってサインしてもらった程度のただのファンでしか無い。



ちなみにフェネズとジムオルークも一緒にいたけどほぼスルーで、ピタに「大ファンなんです」って色々伝えようと日本語で喋るのをその場にいたジムオルークに通訳してもらったりと、今考えるとだいぶ暴挙だった気もするけど、とにかく人となりは知らないが、その時話した感じは、すごい良い人だった。(ジムオルークもいい人だった。。)


たかがサインと思うけど、それでも俺的には人生で、人にファンです!ってサインねだったのは、mika vainioと渡辺宙明先生とPitaの3人だけだから、そのくらいには大好きなアーティストだった。ちなみにmikaは終始めちゃめちゃ怖かったが....。



テクノを最初に聴き始めた頃、アナログとかCDとかとにかくデジタルじゃなかったから、曲の頭からケツまでが作品だと思って、特にミニマルとか聴いてた頃は、ほぼほぼ変化ない曲を何回も繰り返し聴いてたから、後に、それがDJのパーツみたいに使う用のものだったって知った時は衝撃だった。周りにDJなんかいなかったし。


言うなら、工場でボルトとか鉄板みてかっこいい、って言ってる感覚は未だにあって、楽曲っていう概念は、俺の中では、アウトプットされた形そのものを指すから、それがかっこいいと思ったら、もうそれはカッコいいものとして認識しちゃう。


だから、megoのリリース群も当然俺の中ではカッコいいものとして、これが当たり前なんだ、ってのがベースになった。



何度もいろんなとこで話してるけれど、若い頃にPitaの『Seven Tons for Free』を聴いて、これでテクノって言って良いんだ、って思えたから、そのマインドで、自分がMERIDIAN制作するときにも何の躊躇もなくサブベースだけでジュークフットワークが作れた。






物理的に純正のサイン波をゼロクロスでぶつけて出るグリッチでリズム作っただけで、やろうと思えば誰だって作れるサウンドだけど、それやっちゃおって思えたのは、Pitaの曲聴いてたからだって断言できる。


そのマインドを踏襲して作っただけで、俺の中ではものすごくベーシックなやり方だし、Pitaの曲はテクノだしパンクだなーって思ってるから、俺も自分の曲はパンクだと思ってる。



Juke作り始めてからはあんま近年の作品追えてなかったけどget〜シリーズはそれでも追ってたし、あんま家で音楽聴かない俺だけど、年に数回は聴きかえしてた。


訃報はほんとビックリだったし、こんなの書いても何の意味もないだろうけど、確実にPitaの影響は自分の中にあるし、自分のサウンド作り続けることでリスペクトの意を残してこうと、改めて思った。


そんな個人的なお話。でした。



Peter Rehberg, underground musician and Editions Mego head, dies aged 53



Editions Mego